【新幹線】元々計画のなかった浜松駅 地元自治体、住民のゴネが重なった結果、このエリアだけ鈍行に

【新幹線】元々計画のなかった浜松駅 地元自治体、住民のゴネが重なった結果、このエリアだけ鈍行に

1 : かかと落とし(東京都)@\(^o^)/ :2016/05/27(金) 08:02:44.22 ID:e4Jbk1MR0.net BE:875259835-PLT(15000) ポイント特典

掛川駅を過ぎ、天竜川を渡った東海道新幹線は、右手に浜松アクトタワーを見て浜松駅に差しかかる。「のぞみ」に乗ると、列車は少しだけ減速して左にカーブし、ホームを過ぎたところで今度は右にカーブする。車体がグーンと傾き、思わず足に力が入る瞬間だ。

さて、浜松駅手前の左カーブは半径2200m。日本坂トンネル付近から断続的に最高速度で運転してきた「のぞみ」は、ここで時速220km前後に減速する。続く右カーブは半径2500m。このS字カーブには、東海道新幹線建設時の苦労が詰まっている。

当初の構想では、東海道新幹線は天竜川をやや斜めに渡り、現在の市街地の1.5kmほど南を築堤で通過するはずだった。

市中心部を避けた新幹線は、浜松駅から2kmほど西の国鉄浜松工場の近く、現在のJR貨物西浜松駅付近で東海道本線と交差。ここに「浜松新駅」を設置する計画だった。これを南線案という。

これに異議を唱えたのが、浜松市を中心とした沿線自治体だ。新幹線が市の中心部を通らず、しかも、これから発展が見込まれる南部を築堤で分断されては、浜松市にメリットがほとんどない。

そこで、対案として天竜川から浜松駅を経由し、当初の計画よりも約1km北の佐鳴湖南岸を通って浜名湖に至るという北線案が提唱された。この案では、浜松駅前の繁華街を通過するため590戸の立ち退きが必要であり、高架線を含め20億円もの建設費の増額が必要だった。

浜松市はこの増額分を自ら負担する用意があると申し入れるほど熱心だったが、今度は北線案の沿線住民が強い反対運動を起こした。浜松付近のルート選定は暗礁に乗り上げ、1964(昭和39)年の開業時期に間に合わないのではという声も聞こえるほどだった。

新幹線と在来線が離れた浜松駅の特殊な構造は1979(昭和54)年の浜松駅高架化完成によって解消したが、新幹線のS字カーブはそのままだ。天竜川から浜松駅を経て浜名湖に至る約20kmの区間には、大小14のカーブが連続しており、そこには建設費を抑えつつ工期を間に合わせる、さまざまな苦労が隠れている。
http://toyokeizai.net/articles/-/119697

転載元スレッド:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1464303764/
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